某件の所感その5
明日あたりにそろそろメンバーに連絡を取るかなという気分になった。
私が持ってしまったままになっている重要性が高いものがある。それを伝えようという方向に気が向いたのだ。
しかし同時に持ったままでも別にいいかなという気持ちも混在している。
結局その程度の気持ちなので、ブログに書いておくことにした。
背景としてそれを引き継ぐにあたり、「そのためにこれとこれをやってほしい」という話をメンバーに事前に通したが、もうそれは多分忘れ去られている。
けどそれに関してここで議論する気はない。(ただちょっと自分の中における事実として書いておきたかった)
話は少し変わるけど、なぜいきなりこのような根暗なブログを書き始めたかって、メンバーに対してアウトプットするイコールやりとりする気持ちが急激に落ちたということが一つある。
それは直前までの各メンバーとのやりとりが引き金で、今までの活動において「あのときああしてほしかった」という気持ちが凄まじいレベルで回帰されてしまったことが原因にある。
自分もたいがい不誠実な性格だと思うので、約束をキャンセルするとか連絡を(意図せず)無視することも、みんなで何かやりましょうってときに協調しないことも多々ある。だから人のことをどうこういう資格はないと思っている。
それに何よりメンバーからしたら、もうどうしようもない過去の話を今さらぶつけるなという気持ちを持って当然だと思う。過去に起きたことはどうしようもない。
その”根に持った部分”を他人にぶつけないため、こうしてブログを書いていたけど、解消されたかと言われたら正直怪しい。
そもそも過去の話をぶつける理由として、(エゴを承知で)せめてメンバー間が協調しながら連絡を取る体制を取れたら、再発は防がれると思っているところが私にあるからである。
「あのとき、すぐに連絡がなくて大変だったから、こういう連絡体制が欲しい」
「このときはこういう部分で情報共有ができていなくて大変だったから、一人一人がいま何が起きているかの大枠の共有が必要」
「この件に関しては全員知っておいた方がいいから、誰かに質問しやすい環境と、それを誰かが容易に引き継げる体制が必要」
ただ、組織的に”ユルく行きましょう”という流れが元々あった。
だから他のメンバーからはこうした意見を言うたびに「そういうことを考えるほど辛い気持ちを持つなら、無理してやらなくてよかったのに」といった、優しい意見をたびたび貰っていた。
それは、彼らが私のことを考えてくれての意見だと重々わかっている。
いつも自分ばかりタスクが多かったような言い方をしてしまっていたが、彼らも貴重なプライベートを割いて、かなりチャレンジングな組織でしかもこのような傲慢なリーダーについてきてくれたのだから、凄いことだと思う。
けど、新しいことをやる上で誰かがある程度まとまった(明確な、という言い方でもいい)ビジョンを持っていて、そしてそのビジョンを達成するための具体的なアプローチを考えて行動するのは、少なくとも私の場合は大きな労力を割くことがわかった。
それで自滅しかけたのだから、勝手だし迷惑な話である。
ただ、まあ、このあたりからうまく言語化できない感情なのですが、自分もユルくやりたかったのに、”どうしてこうなったか”という気持ちがある。
後悔とかメンバーに対する恨みとかそういう気持ちではない。
ただ純粋に疑問である。
ここに疑問だと思って活動に従事した人間が少なくとも一人いるのなら、長期的活動になった際に、必ずまた発生する疑問なのではないか?とかなんとか。
まあそんな疑問を持つのはその人の勝手だし、仮に今後そういう人が出てきてもそこまで責任を負う必要もないけど、せっかく発生しているノウハウをあえて引き継がずに潰す必要もないだろうという具合である。
そんなところで、今日も終わるとする。
(しかし毎度、こんな散文を読んでくれている人がいたら申し訳なさ)